「脱毛症の人が生きやすい社会」という言葉に違和感を覚える脱毛症当事者の私の考え

こんちゃす!脱毛系女子のさなです。

今日は、脱毛症歴20年弱、御年29歳の脱毛症女子として(もうそろそろ女子は使えないんじゃねーか)

日頃感じている想いというか私の考えを書き殴る回です。

今日のテーマは日頃耳にする(目にする)

「脱毛症患者にとって生きやすい社会」という言葉に

わたしはピンとこないと言いますかなんか違和感を覚えるんだよなという理由についてです。

※めっちゃ注意書き

当記事は脱毛症や見た目問題に対して活動されている方々を批判するものではありません。

むしろめっちゃ尊敬し応援してます。

だってすげーよ!絶対わたしにはそんなガッツないもんね

「生きやすい」ってなんや

ということで

「脱毛症患者にとって生きやすい社会」ってなんでしょうか。

私が思いつくもので言えば、例えば

ウィッグを着けていても周りから後ろ指をさされることのないくらい

ウィッグが一般的な存在になっている社会、とか

脱毛症の治療やウィッグの購入に保険が適用され、

脱毛症患者のお財布にとっても優しくなっている社会、

とかでしょうか。

もっといろいろあると思うけど。

こういった問題に対して

Twitterやネット上で脱毛症のみんなが苦しむ声を見る度にね、

わたしもほんと社会くそだな!!!

ウィッグだっていいじゃねーかよ!安くしろばーか!とかって思ったりしてます。

同じ脱毛症のみんなの気持ちは痛いほどに分かるので

全員ごっそり幸せでいて欲しいという気持ちが常にあるからですね。

このブログをやっている理由でもあります。

でも、じゃあ

「そんな社会を変えてやるぜ!!!!」

って気持ちにならないのと、

「そんな社会が変わればなぁ・・」という嘆きを聞いて

ちょっとモッタイナイような気持ちになる理由っていうのは、

自分が変わっちゃえば早くねぇ????

って気持ちが1番強いからです。

他人や社会が変わるのを待っていたら人生なんてあっという間に終わっちゃいます。

不満を抱えたまま死ぬなんて超嫌です。

余談ですが脱毛症関係なく

「他人を変えるのはエゴ(つーか無理)。嫌なら自分が変わりゃよくね」

ってのがわたしのモットーでもあります。

私たちの世代は年金がもらえないなんて話もありますが

お金がないなら稼げばよくねぇ??(稼げる自分になればよくねぇ??)と思いますし

よく国会の前でデモとかやってる人をテレビで見る度に

その時間を自分が変わるための時間に充てればいいのに。と思います。

 

他人に変われなんておいおい

社会を変えるには、人が変わる必要があります。

人を変えるなんてそんなたいそうなことできねぇなって正直に思います。

わたしが人から変われと言われるのが死ぬほど嫌いなこともありますが。

でも自分は努力次第でいくらでも変えられます。

(多くの人は努力をしたくないだけ)←最重要

努力もせずに社会に対して文句だけ垂れてる人とは一緒にお酒を飲みたくないです。

人が変わろうが変わらなかろうが人の勝手です。人の人生なので。

でも自分がどう変わろうが自分の勝手です。自分の人生なので。

まぁ一番言いたいのはここで、極論、

自分自身が、自分が生きやすいように変われたなら

どんな世界にいたって周りに誰がいようが一生、生きやすいわけです。無敵です。

社会が変わるのを議員とか他人のチカラに期待してただただ待っている必要もなく、

周りに対してなんでだよくそ!みたいなフラストレーションを抱える必要も無くなるわけです。

本当にシンプルにいうとね

自分の捉え方を変えればもっともっと人生楽になるんだぜということです。

具体的に言えば

「ハゲてるなんて恥ずかしい」とか

「脱毛症の自分は不幸だ」とか

そういった自分の捉え方を変えることが出来たのなら

社会なんて、もっと言えば世界なんて簡単に変わると私は思っています。

はwなにいってんだよwww

そんな簡単に出来たら苦労しねーよばーか!!!と思うかもしんないけどね。

でも私は脱毛症という病気にかかり、

20年以上この病気と向き合ってきて、

「自分は恥ずかしい存在だ」

「自分は不幸だ」

とは1ミリも思わないです。

むしろ20年も女の大事な髪の毛を失ったりいじめられたりしてんのに

ここまでよく楽しく生きて来られたよ。すげーよ自分。最高だな!!なんて思ったりします。(自分好き)

こんな風に思う脱毛症当事者もいるんです。

脱毛症の人が全員揃って悲観的ではないのは何故でしょうか?

性格や環境ではなく、捉え方、考え方の違いだとわたしは思います。

なぜならわたしも子供の頃は、脱毛症をだいぶ長く悲観的に思ってました。

他人からの目や周りの声を気にしながら生きていたこともあります。

でも悩んだり泣いたりしながら乗り越えてきた。

自分の劣等感や汚い気持ち、黒い気持ちと真剣に向き合ってきた、

という確かな自信があります。

もちろん、周りの人に支えられてね。圧倒的感謝。

だからわたしは経験上、

社会とか世界とか他人とかに目を向けるのではなく、

自分や自分の想いにひたすら目を向けることの重要性に気付きました。

性格や環境を変えてはいませんが、捉え方や考え方が変わりました。

そのことに気付いてからはもう他人の目も気にならないし

いっちゃえば自分のことにしか興味が無くなりました。

いや良い意味でよ。

他人に興味が無いんじゃなくて

他人の自分に対する評価に興味がないってこと。

長い年月がかかったけど

自分がこうやって思えて、

脱毛症は続いていますが

他人や社会に振り回されることも無く

いまはすごく生きやすいんです。幸せです。

もちろん悩んだり泣いたりはするけどね!!

でも脱毛症を後ろめたく思ったり、他人の目を気にして過ごすことはありません。

社会に対してこうなれよ!!って思ったりもしません。

ここのウィッグもっとこうだったら最高なのになあああとかは超思います。

まぁなので、

苦しい思いや窮屈な思いをしている脱毛症のみんなには

こういう脱毛症当事者もいるんだなってことを知って欲しいっつーか

こういう考え方もあるんだな!と思ってもらえたら嬉しいです。

1人でも同じ脱毛症の人が楽になったり気持ちが上を向いたりしたら

それはもうめちゃくそうれしいけどね!!!

この記事に対してどう思うかは「あなたの自由です。」

 

コメント

  1. アバター あきな より:

    sanaさん、ありがとう!!