【みんなと違う・・】私が長年苦しんだ脱毛症の孤独感を乗り越えられた理由

脱毛症って実際のところメンタルヘルスなんじゃねーかと思う。

こんにちは。脱毛系女子のさなです。

髪の毛が無くなることによって起こる心の問題。

不安、恐怖、絶望・・・まんべんなく味わうことになる。

「痛み」を除いた精神的ダメージのフルコース。

それが一番深刻だよなぁとつねづね思います。

未来を担うキッズたちが心配でならないよ。

今日は私が脱毛系女児時代に抱いていた孤独感について書こうかな。

そしてそれをどう乗り越えたのか。っていうお話。

 

自分は周りとは違う「孤独感」

子供のころは常に孤独感を感じていたなぁと今になって思う。

そのころは「孤独感」なんて語彙知らないしなんかモヤモヤしてた感じだけど。

学校でのいじめも関係あったけど

自分は他のみんなとは違うっていう孤独感がすごかった。

街に出ても、学校に行っても、TVを見ても、

みんなには髪の毛がちゃんとある。

自分の周りの人間には当たり前のように髪の毛が生えてる。

なのになんで、私にはないんだろう?

どうしてみんな私のことを変なものを見るような目でみるんだろう?

みんなと、なんにも変わらないのに。

ただ髪の毛がないだけで

感じること、悲しいこと、嬉しいこと、みんなと一緒なのに。

どうしてみんなは私を仲間外れにするんだろう?

私は変な子供なんだ。

不良品で生まれてきてしまったんだ。

だからみんなとは違うんだ。

だから、ひとりなんだ。

自己免疫疾患という病気も、その仕組みもなんにも分からなかった子供の私は

鏡にうつるツルツルの頭を見ながら、

ただひたすらにそんなことを思っていました。

学校にいても、友達といても

何をしても自分はみんなと同じになれないんだっていう孤独感が消えませんでした。

ただ髪の毛がないだけなんだけど。

でも髪の毛が全てだと思うくらいにひたすら寂しかった。

なんやかんや20歳過ぎても消えなかったなぁ?

若いころは・・今も若いけどさ(自称)

愛想笑いっていうスキルを習得したから友達はわりと多かったけど

周りとはちょっと距離を置くような取っつきずらい女の子だったと思う。

でも「みんな同じようにいること」が求められる学校は好きじゃなかったので

はやく大人になりたいなぁなんて思ってました。

 

みんなと違うから「楽しい」

念願の大人になっていろんな視野が広がり

徐々にやりたいこと、好きなことが見えてくると

みんなと違うほうが面白いやんけと思うようになります。

だってこの世界にはテンプレのように同じような人がたくさんいる。

同じような髪型で同じような服装で

大学生とかみんな同じ髪型じゃねっていつも思ってた。

会社にいても毎日同じようなことを話す人がたくさんいる。

残業が嫌だとか早く休みがこないかとかそれしか話題ねーのかよって思うほどに

人間はだれかと同じってことに安心をする生きもんなんだと思うけど

それってなんかすごくつまらないと思った。

実際脱毛症が治ってきて、周りに合わせて社会人やっててもなんかつまんなかった。

仕事行って指示通りに働いて同期の愚痴聞いて寝てまた仕事行っての繰り返し。

みんなよく飽きないなって

私は女子なのにハゲててそもそもがみんなと違ったけど

みんなと同じでもそんな楽しくないじゃん

っつーかみんなと違った生き方のほうが絶対楽しいわ。(確信)

みんなと同じじゃなくていい

っていうか同じじゃないほうが楽しい

これが「私」だぜ。ドヤァ

っていう謎の吹っ切れによって退職届を提出し

単身大好きな沖縄へ渡ることになりますが

島で出会った人たちの中に混ざっていても

もはや私は孤独を感じることはありませんでした。

沖縄に移住してくる人ってマジで割と変人が多いんですが

みんなと違う道を選んだ私は極めてスムーズになじめた次第です。

ハゲで良かった次第です。はい

かつてはみんなと違う孤独感で寂しくて辛くてしょうがなかった私だったけど

みんなと同じでいる安心感よりも

みんなとは違う自分で楽しく生きていく方法を見つけられたから

今の自分がすごく好きになったし

この私をイイネ!って言ってくれる周りの変人たちのことも大好きになりました。

みんなと同じということが必ずしも良いことだとは限らない。

むしろみんなと違うから新しい何かを見つけることができたりする。

今の自分にしか楽しめないことがあったりする。

おんりーわんってやつよ!